食事時間の大切さ

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娘の長い里帰りが終り、ようやく普段の生活に戻ってきた我が家。
その我が家は、姑と夫との3人生活。
こちらも長い長い完全同居生活(25年)ゆえ、その食事も365日(ほぼ)一緒だった。

子供達も巣立ち、舅が亡くなり、姑と3人になった当時は、まださほど感じなかった感慨が、徐々に芽生え、なんで、体もどこも悪くない元気な姑と、いつまでも台所・食事を共にする必要があるのだ?と。その会話で傷つくこともしばしばあり、次第に口数も減り、ほとんどお通夜のような食事時間。食べた気がしない苦痛の時間だった。おしゃべりな姑に、最近では夫も辟易していた。夫は、血の繋がった親子だし、外食することも多かったし、私とは感慨の差はあれど、長年の同居に疲れは確実に表れている。

そこに、娘の里帰りで大きな変革が訪れた!
前々から私以上に不仲だった姑にストレスを感じていた娘の為に、里帰り中は、完全に食事を分けてみた。
幸い、会社の台所という聖地を発見。100均の急ごしらえでも、十分料理はできた。
おかもちよろしく、料理を運び、多少の不自由はあるものの、二階で、娘・孫との本当に楽しい食事時間を過ごすことができた。

そして、今、その延長で「自分の食事は自分で」の方向性が、かなり確立してきたのである。
平日の姑の食事作りの負担も減るわけだし、決して姑にとっても悪いことではないはずなのだ。

いつまでも、食べるか食べないかの報告で気を遣うこともなく、好きなものを、好きな環境(テレビだってそう)で食する自由。

少しでも穏便に、個別生活に持っていけたことを、娘に感謝したい気持ち。
幸い、KYなくらい人の気持ちをこまごま理解できない姑は、自分は悪くないが、周りが勝手にそうしてる、くらいにしか思ってないので、どうにか問題なく受け入れているようだ。

一度、始めてしまった同居生活に、思い切った変革は難しいものなのだが、やってみたら、案外すんなりいくわけで、もっと早く踏み切ればよかったと思った。

けど、本当は二階に台所があればいいわけで、そんな決断をしてくれないできた夫を怨むしかないのかも(>_<)ただ、それを断行した際には、姑とももっと険悪になった可能性もあるしね。

こうやって、少しずつ改革していくしかないのかもしれない。
本当は、全ての食事を自分で作って、個別に食べたい私だが、夫の姑に対する不安(ボケるかも?)もあり、夫がいる平日夜は作ってもらうことにした。
私からしたら、休日には、近居の娘とランチしたり、息子のグルメ料理を食べられるんだから、贅沢すぎるだろう、と思うんだけどね。

画像は、土曜日(夫不在)に作った私の夕食。秋鮭のホイル焼きに、ツナ入りジャガイモ・ガレット。
一応、姑にも作ってあげたが、食べるのは別♪
それでも後で、グレープフルーツ入りサラダに、血圧の薬が影響ないだろうか、と不安の声!
結局、何をやっても文句なんだよね(>_<)他の評価は一切なし。

相方さん曰く、インドの考え方では、食事は一人で食材と向き合うべき、というのがあるそう。
好きな人とワイワイ食べるのは全然別として、毎日の食事は静かにまったりと食べたいものである。日本のお坊さんも、そうだもんね。










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良かったね

娘さんのおかげで良い変化が。
食事は何を食べるかも大事だけれども、誰と食べるか、どんな気持ちで食べるかもとっても大事だと思います。
どんなに質素な食事も自分が満足して食べられれば、本当にそれだけで美味しく幸せな気持ちになるものだと思ったことがあります。
これからも少しづつ良い方向に変わっていけると良いですねー。

アールさん♪

ありがとうございます!
はい~、単に栄養補給というのではなく、メンタル的にもとても大切な時間だと思います。もちろん、胃にもいいですもんねぇ、気持ちいい方が。

そうですよね、逆に、どんなに素晴らしいご馳走でも、居合わせたメンバーによっては、全く味がわからない場合もありますよね。経験者です(苦笑)

これからも、少しずつでも快適な方向にシフトできたら~と思い、頑張ります。まだまだ長そうなので>同居生活。
また、聞いてください~<(_ _)>
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